音声ガイド制作にかかわるプロフェッショナルたち③ 【ディレクター編 前編】

ディレクターは編集者

少し前になりますが、TBSで『重版出来!』というドラマがありました。漫画を描く漫画家を出発点として、黒木華さんらが演じる執筆活動全般をサポートする編集者、印刷会社、最終的に漫画を売る書店員など、様々な人の力と情熱が合わさって漫画を作り上げていくということを背景にしたお話でした。

音声ガイドも同じです。ディスクライバー1人がいい原稿を書いていれば、自然といいものかできるわけではありません。

原稿質を管理するディレクター、原稿を読む声優/ナレーター、音声収録を管理するスタジオミキサーなど様々な分野のプロフェッショナルが力を合わせて作っているのです。

さて今回から2回連続で、音声ガイドを制作するうえで、漫画制作の“編集者”と言ってもよいディレクターの仕事についてというテーマでお届けします。

さて、業務の流れからディレクターの仕事を紐解いてみましょう。

納期の確認

ディレクターがお客様からお仕事の話をいただいて最初にやることは「納期の確認」。

なお、納期は動画配信サイトやテレビであれば配信日やOA(オンエア)日の1日~1週間前あたり、パッケージ(Blu-RayやDVDなど)や劇場公開映画であれば、発売や上映の1か月前あたりに設定されるなど、メディアのプラットフォームによってさまざまです。

ディスクライバーのアサイン

納期の確認ができたら、そこから逆算して算出した作業期間をもとにディスクライバーを指名(アサイン)します。ここで重要なのが、ディスクライバーのスキルやスケジュールをしっかり把握していること。タイトな納期の場合、初稿から収録稿まで仕上げるのに時間を十分取ることが難しいこともあるため、できるだけリライトの少ないディスクライバーを選ぶ必要あります。対して作業期間を十分取ることができる場合は、まだキャリアの浅いディスクライバーをアサインしてトレーニングを兼ねることもできるでしょう。

素材との相性も重要です。もちろんディスクライバーはプロですから、どんな素材がきても対応するのが当然のこと。とはいっても、やはり好きなジャンルであれば前のめりになるでしょうし、資料などをたくさん揃えている可能性があります。日常的にディスクライバーとのコミュニケ―ションをしっかり取っておくのもディレクターの重要な仕事です。

次の仕事が声優/ナレーターのアサインです。

声優/ナレーターのアサイン

まずプロダクション(声優やナレーターが所属している事務所)のマネージャーに連絡して、素材内容や希望の声質、性別などを伝え、声優やナレーターの“声の履歴書” ・ボイスサンプル(サンプルボイスとも)を送ってもらいます。そのボイスサンプルを自分の所感を添えてクライアントに送り、声優/ナレーターを決定するのですが、この作業とほぼ同時並行でスタジオ収録日の設定もおこなっています。

音声ガイドの収録には、どんなに優秀な声優/ナレーターでも、30分尺の素材で最大3時間程度はかかると考えておいたほうが無難。つまり1話30分のシリーズ、全12話程度の素材であれば、1日8時間収録に使えるとしても、ぎりぎり3本しか収録できないということ。1日3本であれば、12話録りきるまでには少なくとも4日は必要になるということになります。

しかし、売れっ子の声優/ナレーターになればなるほど1日丸ごと拘束することが難しいこともしばしば。また、土日・祝日などはスタジオによっては使えないこともありますので、連続した日程でスタジオ入りしてもらえないことも多く、スケジュール調整は本当に大変な作業です。さらに、別の素材の収録がたまたま重なっている場合、同じスタジオで違う声優が日替わりで入ることもあり、万が一にも日程や原稿の取り違えが起きないよう細心の注意を払うきめ細やかさも求められます。

これらの作業と同時並行でディレクターは素材の確認をしています。

素材確認

ディレクターの仕事は準備9割。いかに準備をしっかりしておくかで、完成物のクオリティーが決まります。

収録の前に原稿を読み込んでおくという超基本事項のほか、演出方針を決めるために声優/ナレーターのほかの作品でも声を聴き込む、スタジオミキサーのくせをつかんで段取りを決める、当日持ち込む資料を選定するなどなど… あらゆる事態を想定して準備を慎重におこないます。

その一つとして、音声ガイドのクオリティーに直結するのが、”素材の確認”という準備。
ディレクターはディスクライバーから原稿が来るのを待っているのではなく、最初に原稿制作方針の当たりをつけておきます。もちろん原稿を制作するのはディスクライバーですから、彼らのクリエイティビティーの邪魔にならないよう、最初から細かく口出しするということはしません。
しかし、ディスクライバーにとっても五里霧中のなかで原稿制作を進めるのではなく、ある程度の方針に沿って作っていくことができれば負担が減ることになります。さらに、納品後の原稿を見て初めて、作品の雰囲気と全然違うということに気づき、原稿を全直しという事態になったのでは、目も当てられません。
そのためにディレクターは、仕事をいただきデータを受領したらすぐ、素材全編に目を通します。
そしてガイドの量や作品のトーン、登場人物の数やそれぞれの特徴、本筋や伏線などを把握したうえで、原稿制作の大体の方向性をディスクライバーに示すのです。
チームの司令塔たるディレクターの役目として、もっとも大事なものと言っても過言ではないでしょう。
ただ… これが作品1本、たとえば長尺の映画であれば、ことはそう難しくはありません。90分なり120分なりを通して観ればいいだけですから。難しいのは、これが連続モノの場合です。たとえば、アニメ作品が2シーズンあるという場合。大概アニメの1シリーズは13本程度のエピソードで構成されています。それが2シリーズ分ですから全部で26本。それにOVAなどが加わった場合、28本くらいになることも…

OVA…”オーブイエー”。オリジナル・ビデオ・アニメーションの略(オリジナル・アニメーション・ビデオとも)放送や配信とは別の媒体(DVDやBD)などで発売されるタイトルのこと。

尺にして、30分×28本=840分(=14時間)を寝ないで一気に観ることもあります。
また本やコミックが原作になっている素材の場合、そちらにも目を通します。映像だけでは描き切れない心情表現などを知る心強い資料です。

こうして下準備をしっかりしたうえで、原稿監修という次のステップを迎えます。

今回はここまで。

スタジオカナーレ代表 浅野一郎