音声ガイド原稿をひも解く!

音声ガイドの脚本原稿は、一般の目にはあまり触れるものではありません。そのためご覧になったことがあるという方はほとんどいないでしょう。そもそも、制作会社とディスクライバーの間では秘密保持契約を結ぶなどして保秘を徹底しますので、制作関係者以外は見ることができないのが原則です。

今回は、そんな音声ガイドの脚本原稿について解説します。

原稿形式

制作会社などによって差はありますが、エクセルを使っているところが多いようです。

音声ガイド原稿は最終的に声優/ナレーターの手に渡りますので、外画の吹き替えアフレコ原稿のように横使い・縦書きかと想像される方もいますが、実は縦書き・横使いが一般的。そして原稿はわざわざ製本するという手間はかけずにプリントアウトしたものを使います。

音声ガイドの分量は素材によりけりですが、たとえば30分のアニメ作品でガイドの枚数は約100~130枚程度(ガイドは”~枚”と数えます。”カット”というところもあります)。

ページ数で大体10ページほどというのが標準です。もちろん、セリフが少なければ必然的にガイドを入れる箇所が増える傾向にありますので、多いもので200枚を超えることもしばしばです。

さて、次は…

原稿の作り方、フォーマット

音声ガイドのエクセル原稿には単にガイド本文だけを書けばいいのではありません。

”どのタイミングで” ”どのように” ”何を” を示すために、横の罫に「音声ガイド番号」 「タイムコード」 「セリフ・きっかけ」 「音声ガイド本文」の項目を1列ずつ設け(必要に応じて「申し送り」記入欄も)、縦罫には前述のそれぞれの項目に入るものを時間経過に従って書いていきます。

「音声ガイド番号」欄

ガイドをナンバリングしたもので、1から始めます。

ちなみに、音声ガイドはしょっちゅう書き直しをしますので、たとえば既存のガイドとガイドの間に新規でガイドを追加したくなったり、または1つの既存ガイドを2つにわけたくなることがよくあります。

見直しの時にガイドを追加したり削除したりする必要が出てきた場合は、番号を1からすべて振り直す必要はありません。新規にガイドを追加したい場合は「枝番(えだばん)」を付与。たとえば10番と11番の間のガイド番号は「10a」とします。もし枝番を2つ以上入れたい場合は「10b、10c…」といった具合にアルファベットを追加していきます。

逆に、既存のガイドを削除する場合は「欠番」処理を適用します。たとえば10番のガイドを削除したければ、ガイド番号はそのままにして音声ガイド本文欄から本文を消したうえで、空白になったセルに「<欠>」と明記。番号が不自然に飛んでしまう(10番を欠番にするという例では、9番の次が11番になってしまう)ことを避ける目的があります。

「タイムコード」欄

タイムコードというのは略して”TC(ティーシ―)”と言われることもあり、作業用素材(ワークテープ、または単にワーク)の時間管理用に映像内に表示されているもので、通常は「時間:分:秒:フレーム」で表示されます(例:1時間45分20秒13フレームなら”01:45:20:12”)。

ちなみにフレームとは1秒を構成するコマ数のことで、素材によって24コマ、29.97コマ、30コマなどいろいろなパターンがあります。

音声ガイドを制作する際はフレームの項は細かすぎるので割愛して、「分:秒」のみの記載とすることがほとんどです。長編映画の場合は、1時間を過ぎた直後のみ「02H:分:秒」という感じにして、あとはまた、「分:秒」に戻すという方法が主に採られています。

「セリフ・きっかけ」欄

セリフやSE、音楽など、または場面情報などを書き込みます。

セリフ・きっかけ欄は、音声ガイドを制作するうえで必要不可欠な部分。声優さんやナレーターさんに対して”ここで読み始めてもらいたい”(または”ここまでに読み終わってもらいたい”)という、タイミングを指示する指標になるところです。スタジオで原稿を読む声優/ナレーターが一見でわかるよう、以下の項目につき、なるべく丁寧に記載することが求められます。

セリフやSE、音楽などの情報

登場人物のセリフやSE(効果音)のほか、歌詞のある曲であれば歌詞も書き起こします。

セリフやSE、音楽などをきっかけとして声優/ナレーターに音声ガイドを読んでもらいたい場合、当該情報が書いてありセルを青(シアン)に塗ります。

これを「セリフ(音)きっかけ」と言います。

場面情報

場面(画・え)の情報を書いていきます。

画をきっかけとして音声ガイドを読んでもらいた場合は当該情報を書いたセルを黄色に着色。

これを「画きっかけ」と言います。

※「つぶし」処理について

音声ガイドを制作するうえでの大原則は≪セリフやSEなどをできるだけつぶさないこと≫です。

そのため、通常であればセリフやSE、音楽などは極力つぶさずに聞かせるのですが、情報の取捨選択をした結果、それらよりもガイドのほうが重要と判断した場合に、当該情報が書かれたセルを紫に着色し、セリフやSE、音楽などは無視して音声ガイドを読んでほしいという指示を出します。

これを「つぶし」と言います。

この項で取り上げた「せりふ・きっかけ」欄には、登場人物のセリフは原則としてすべて。ほかにも効果音などできっかけとなりうる音の情報もすべて書き出します(例:警笛)。

セリフの書き起こしは作業用の素材一式をお借りする際、台本をデータでいただける場合はいいのですが、古い作品の場合はハードコピーしか存在しないこともしばしば。このような場合すべて聞き起こしをする必要があります。ちなみに、お借りしたのが年代物の台本で、本来であれば博物館に飾られるような代物ではないか? と思えるようなものもあり、ページを開くのさえ躊躇させられるようなものもあります。

また、場合によってはすでにバリアフリー字幕(聴覚障者用字幕)があって、そのデータをいただくことができる場合もあります。この場合はコピーアンドペーストができるので効率が上がりラッキーです。

なお、音声ガイド制作の所要時間は、前の記事で「1日10分」が目安と書きました。ここにはセリフ部分を書き起こす時間も含んでいます。台本をデータでいただくことができない場合、作業の初日はほぼ、セリフの書き起こしにかかると考えておいてください。

「セリフ・きっかけ」欄は音声ガイド原稿制作のキモと言えます。

家を建てるとき、当てずっぽうに建材を組み立てていく建築業者はいないでしょう。

設計図が精密であればあるほど、いい家が建てられるはず。それと同じで、「セリフ・きっかけ」欄をいかに緻密に”設計”するかが音声ガイドの良し悪しを決めるといっても過言ではありません。

そして最後はこちら。

「音声ガイド」欄

言わずもがなですが、ここには声優/ナレーターに読んでもらいたい音声ガイド本文を記入します。

尺に注意する

この欄の注意点はとにかく”尺”。

音声ガイド原稿制作初心者にありがちなのが、尺あふれ(ガイドがセリフやSEなどがない空白に収まりきらず、次のセリフなどにかかってしまうこと)。

尺あふれとは逆の、尺足らず(ガイドが早く終わってしまい、不自然に時間が余ってしまう)もありますが、音声ガイドでは足し算よりも引き算のほうが何倍も困難で、情報の取捨選択がよくできず、ありとあらゆる情報を詰め込みたくなってしまいがち。

間1秒につき5文字程度当てるくらいの感覚で作っておくとうまくいくことが多いでしょう。

読みやすい原稿体裁を心掛ける

なお、この欄に記入したものは声優やナレーターにとって最も大事なものですので、読みやすい行配置にも配慮しましょう。

ブレスを入れてもらいたいところに読点を打つなどは当然として、意味の切れ目で改行するなどしておくと読みやすい原稿になり、自然と読み直しの回数も減り、読み手の負担を軽減することができるでしょう。

また、文字列がセルからはみ出さないようにする工夫も重要です。タイピングしているときはセル内に収まっているように見えても、実際に印刷するとセルからはみ出ていることがありますので、事前に印刷イメージをよく確認して、出力後も目視で確認してください。

文字種類にもこだわる

さらに、漢字を使うのか開くのか(ひらがなやカタカナにすること)にもこだわりを持つべきです。読み手である声優やナレーターの中には、文字形態によって芝居を変えてくる方もいます。

たとえば「太陽が燦燦と~」と「太陽がさんさんと」。一概には言えませんが、漢字で書くと比較的かため、ひらがな・カタカナではカジュアルという印象を与えます。

字幕と違って音声ガイドの原稿では、厳格な文字使用についての制限はありませんし、仮に誤字があったとしても常識で判断できるレベルであれば、さほど問題になりません。しかし、こんな芝居をしてもらいたいからこの漢字を使う、くらいのこだわりは持ちたいですね。

また、音声ガイド欄には「速く」 「やや速」 など、声優/ナレーターに対してのスピードに関する指示をはじめ、「ケツ合わせ」(当該ガイドを次のセリフ頭にくっつける)などのように、スタジオミキサーに対しての指示を書くこともあります。

さらに細かい設計意図が求められます。

このように、音声ガイド原稿にはかなり細かいフォーマット指示があり、最初は戸惑うことが多いと思います。

ただし、最初からあまり原稿フォーマットに気を配る必要はありません。大事なのは中身ですから。

究極の選択ですが、フォーマットが完璧で中身がいまいち、フォーマットは守れていないけど中身は抜群という2者であれば、迷いなく後者を選びます。

そのうち原稿を書くのに慣れてくると、おのずとフォーマットどおりに書くのが、一番効率がいいことがわかってきますので、そのあたりから意識しないでも書式を守ることができるようになってきます。

今回は以上です。では。

スタジオカナーレ代表 浅野一郎