音声ガイドを設計する
音声ガイド原稿を執筆するのは、家などの「設計図」を書くことに非常によく似ています。
ディスクライバーは設計士
”玄関扉を開けたら、廊下の先に大きなガラス窓。そこから陽の光に照り映える立派なモミジが見えて~”という具合に、設計者は家に住まう人の目線になって、最大限の効果を与えることができるよういろいろなパーツを組み合わせていきます。
音声ガイドも同様、ディスクライバーは設計士です。
映像を作った人や音声ガイドを聴く人の気持ちになって、登場人物や風景などの描写を効果的に配置していくことが求められます。
いくら日本語が流麗であっても、音声ガイドを入れるタイミングと分量、そして読み方がぴたりと合わさっていなければ、メディア作品として世に出すことができません。
最高の部材を使っても、設計が悪ければ、出来上がった家には何の価値もないからです。
構想をまとめる
設計士たるディスクライバーがまずやるべきことは、物語の全体像を把握すること。
”設計のアウトライン”を考えながら、設計図に入れる部品について、ざっくりでいいので特徴をつかんでおくことです。
物語のテーマはもちろん、登場人物やメカなど、主要キャラから小道具にいたるまで、それらが描かれた物語の背景を想像しながら、製作者の描きたいと思っている世界観を頭に思い描くのです。
作業時間なども考慮する必要はありますが、必要に応じて相関図などを書いてもいいかもしれません。
作品によっては公式ウェブサイトにかなり細かい設定資料を載せていることがありますので、仕事の概要を聞いた時点でチェックしておくといいでしょう。
製作者の世界観を把握するということは、作品のクリエイターとディスクライバーが同じ目線に立つということ。視聴者に届けるべき情報を正確に把握するとともに、情報の取捨選択の基準を作ることができるのです。
部品をテーブルに並べる
① 全部の要素を並べる
要・不要はさておき、画で見えている要素を全部、ざっくり、且つ箇条書きでいいので書き出します。この段階では、まとめるという意識は一切不要です。
② サブ要素の肉付けをする
上で抜き出した要素の補足情報を書き出します。
たとえば、主人公がしかめっ面をしているのであれば、具体的に、”口をゆがめている”とか、”目を細めている”などの細かい情報を付け足していきます。
①の要素をもっと細かく描き出す作業と考えてもらえればOKです。
③ 文章に仕上げる
上の2つの段階で出たバラバラの情報を、接続詞や助詞などを足して、きれいな文章に仕上げていきます。なお、ここではまだ尺や映像との兼ね合いを考える必要はありません。
④ さらに要点を抜いて尺や画にあわせる
あらかじめ把握しておいた全体像に合わせて、情報の取捨選択を行います。その結果に基づいて、抜き出す要素を決定、さらに尺や画の動きを考慮しながら枝葉末節を切っていくという最終工程です。
⑤ 演出を加える
速く読む、●●秒おいて、などの声優やナレーターに出す指示を考えます。
ここで、一番最初にまとめた構想が生きてきます。当該場面が物語の展開において、どういう意味を持つのかという考えが頭の中にあってはじめて、ここで必要な演出を加えることができるのです。
音声ガイドを制作するというのは文章を書く仕事ですから、よく文系と言われますが、実際は非常に数学的な考え方、理系の頭も求められるものなのです。
まずは理論的にストーリーの構造を考え、流れにそって大きさを整えたパーツを並べていく。自分で設計したプラモデルを自分で作る作業に似ているかもしれません。
実際、今回のテーマである「設計図を描く」というのは、上の①~②に当てはまります。
①②で描いた設計図を、③で具体的に形にし、④でブラッシュアップ、⑤で最終的な製品にしていくという流れです。
いきなり③以降に飛びつこうとすることが、いかに難しいかわかるかと思います。
経験を積んだディスクライバーは、単に①~②を素早く頭の中で処理できるというだけで、画を見てすぐ③~⑤ができるわけではありません。
以前の記事でも書きましたが、いくらディレクターが優秀でも、Cレベルの原稿をAレベルに昇華させることはできません。それは、Cレベルの原稿というのは設計がうまくいっていないからです。いくら一番最後の施工のところで手を尽くしても、全体を見れば歪みや不足が出てくるのは仕方のないことでしょう。
つまり、どうしても原稿をいいものにしたいと思えば、一番最初の設計図に手を入れるしかありません。
腕のいい職人が自分の力量で何とかリカバリーすることはできても、設計図そのものを書き直して違う家を建てるのは難しいのと同じで、ディスクライバーに代わって、ディレクタ-がイチから原稿を書くというのは無理な話です。
「全体像を描く、パーツを全部抜き出す、整理してそれぞれを磨き上げる、適切な配置ではめ込む」
このリズムを常に意識しながら原稿作成に臨んでもらいたいと思います。
今回は以上です。では。
スタジオカナーレ代表 浅野一郎
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